これがわからないんですね。つい最近まで、ぼんやりとわかったつもりになってたんだけど、ちょっと宿題をもらって調べたところ、意見がまちまちで、まだ合意もできてないし、それほど深い研究もできていないような感想を持ちました。ま、いつものことですが。
宿題は、「もの」についてだったので、それについてわかったことをメモしておきます。「もの」には、「実質名詞」としての使い方があります。「こんなとこに、物を置くんじゃない!」という漠然と物体を示すタイプから始まり、「物がいい」の品質、「ものを言う」、「ものに憑かれる」、そして「ものにならない」のような慣用的なものまで、奥が深い。次いで、修飾語によって初めて意味内容が与えられるタイプで、「私のもの」、「食べるもの」、「十年前に書かれたもの」の類。このタイプはほかの実質名詞に置き換えができますが、これがさらに抽象度が高まると、「誰にでもできるもの」、「大したもの」、「恋というもの」のように一般的な「事柄」とでも置き換えるしかないものになる。ここまでくると、情意的な内容が簡単に上乗せされるようになり、「これが、恋というものだ!」などと、憂いを帯びた溜息をつきながら口にしなければなりません。
ところで、私の意見では、ここまでが「形式名詞」と言えるものであって、その先の〈物事を体言化して捉えかえすはたらき〉のほうは〈形式名詞〉と呼ぶのをためらう気持ちになります。「悪いやつはどこにでもいるものだ」、「昔は体重も尺貫法で量ったものだ」、「あの人には困ったものだ」などなどは、ほかの「実質名詞」に置き換えがきかないし、使わなくっても意味は通る、でも「一般的なものとして客体化して捉える」ことで、情意的なもの、聞き手目当ての働きかけなどを上乗せできるようになっています。「準体詞」とでも名前をつけたいな。そして最後に、〈客体化して説明のムードを付け加える〉やつ。「負けたのが悔しかったものと見える」、「だって嫌いなんだもん」。これは、終助詞でも、接続助詞でもないと思うけど、なんて名前をつけたらいいんやろか。これは、「文末外接形式」の一つ、なんていうような長い名前になりそう。
写真は、地下鉄駅で見かけたちょっと怖いポスター。誰の頭の上に落とすんでしょうね。
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