2020年1月13日月曜日

重いコンダラと逢魔(おうま)が時


 Erithからテームズ河畔を下り、支流のRiver Darantに曲るあたりでみた廃棄物処理場

今回のテーマは、いわゆる「異分析」です。ここのところ助辞の「-が」と「-の」にかかりきりなんですが、いわゆる準体句をうける「が」で、ふと、巨人の星の歌詞を思い出しました。「思い込んだら試練の道を行く∅が男のど根性」。「-が」の前は名詞なしの準体句で、ちょっと古くさい使い方、あるいは、ええかっこしい、にも使います。そのこととは関係がありませんが、この歌詞を「重い+コンダラ」と考えていた、という人を少なくとも二人知っています。こういうのが「異分析」、本来の言語表現とはちがう語と語の組みあわせで解釈してしまうことのよう。ひとことで言うと、勘違い。さて、ここで問題になるのが、では、「コンダラ」とは何か?という深遠な問いで、運動場をならす、例のドラム缶のようなまるい重しをくっけた道具を「コンダラ」と呼ぶものととらえたわけですが、なるほど、あれはコンダラか、といわれたら、信じたくなりません?だって、コンダラを重そうにひきづる星飛雄馬(?)がそこにいるんだから。それに、少なくとも、そのドラムのような物を何と呼ぶべきか、私は知らない、そんなことを考えながら、London Loop Way(終点まで55マイルあるらしい)を歩いていて、見かけたのがこの写真の風景でした。ここなら、コンダラも見つかりそう。

もう一つが、「おおまがとき」、これは、昨年末の勉強会で例に出し、まちがえてしまった恥ずかしいやつです。「が」が付く現代語に何かないかな、ふと思い出したのが、「逢う魔が時」ですが、この言葉、本当は「大禍時」だったらしいんです。「が」とは無縁な語でした。他人(ひと)のことは笑えない、記憶では何かの小説で読んだようにおもう。でも、これについては、辞書にもちゃんとごていねいに「逢魔時」と書いてるのもある。意味は夕暮れの薄ぐれどき、かはたれ時、とほぼ同じ頃とのこと。良くないことが起こりそうな時刻で、さっさと家に帰りなさい、という京都の人のありがたい教えだった。この間違いにはおまけが付いていて、「逢う魔が時」と「百鬼夜行」というのを、これまた混同して覚えていました。百鬼夜行は宇治拾遺物語にありました。でも、その話もきちんと読まないで、字面から「夜、たぶん深夜に出歩くと、ぞろぞろと歩き回る魔物のパレードに鉢合わせしてしまうこと」のように思い込んでいて、そういう意味で、「逢う魔が時」にぴったりだ。「!」これ使お。となったわけでした。従来、「が」は「逢う魔」のような語にくっつくわけもなかったはずが、現代語ではそういう用法に変化してしまった、という例になりそう、と思ったのでした。さて、もう一つ言い訳があります。この思い違いは、自分だけじゃなさそうで、どうも、そういう作り話がごまんと、そこらにながされているようです。お暇な人はネットで検索して下さい。
以上のことから言いたいことは、人は自分が知らない言葉を聞いた時、自分のあり合わせの語彙を利用して、なんとか合理的な解釈を行おうとする、その結果、その新しい解釈をする人が、一人でなく複数、あるいは、ある程度の人数に広がっていくと、新しい表現が誕生する、という現象にあらためて注意がむいた、ということでした。人の思い込みとは恐ろしいものです。最後に、もう一つ写真を。

2017年9月11日月曜日

ご報告


 7月に訪れたシシリー島の火山の登り口(登攀道路)からの眺め

今回も手抜きです。二週間ほど前、とある要件で、英国大使館に行き、在留証明その他を入手しました。その際、申し込みの用紙に年号を記載するのですが、元号での記載しか許されない仕組みにしつらえてありました。じつは昨年パスポートを切り替えるときにも、同じ目にあっていたので、西暦で書くけど、いいか、と係の人に確認したところ、例によって、大使館のお役人が出てきて、書式だから、書式に従わないと証明類は出せない、と言ってきました。根拠を聞いても答えない、わからない、書式だからの一点張り。それで、法的根拠がないものをどうして強制するのか理由を尋ねたところ、日本の外務省に確認するとの返事、そんなものを待っていたら二度手間になるので、いやいや元号で記入しました。いやいや書いたと断りのメモをつけて。それで、さきほど返事が届いたので、紹介します。それから、ついでに、この件を英国の国際交流基金が運営している(はずの)メーリングリストに投稿しました。以下がその内容。


メーリングリストの皆様、

日本語教育とは少し縁遠い話題で申しわけありませんが、先日とある事情で英国大使館に在留証明などの「申請」に行き、その場で担当の係官の方に西暦での記入の可否について、たずねました。先ほど、その後返事をいただきましたので、共有したいと思います。添付したものが、在英国日本国大使館からのご返事です。公式の見解ですから、公表してかまわないものと思います。なお、このような内容で、このメーリングリストにお知らせすることについて、ご迷惑にお感じの方もいらっしゃると思いましたが、これも「ことば(日本語)」の使用に関わる問題と考えましたので、お送りします。(関係のない話ですが、私が元号を使用したくない理由は、年号の記載法として合理的でないこと、「国際交流」の推進にとって障碍(しょうがい)になりかねないこと、国家による思想的な強制がみとめられることの三点です。)。これで、日本への渡航を考える英国在住の方々が、あえて元号に悩まされる必要も本来無かったことがわかりました。せっかくのことですから、西暦で記入して何も問題が無いことがはっきり誰にでも(日本人以外の人にも)わかるように、「書式」に西暦の選択肢を明記していただければ混乱は避けられるのではないかと思います。
 なお、英国大使館のご担当の方からのご返事に、「和暦」という語がもちいられています。これにつき、日本国語大辞典は「われき(和暦)」の項に、「(1)「にほんれき(日本暦)」に同じ。(2)西暦に対して、日本の紀元および年号にいう。」とし、また、「にほんれき(日本暦)」の項には、「日本で使われた暦。明確に暦が使われるようになった持統天皇六年(六九二)以後現在に至るまでの間に使われた暦は、元嘉、儀鳳、大衍、五紀、宣明、貞享、宝暦、寛政、天保およびグレゴリオ暦である。このうち宣明暦までは中国の暦法を輸入したもの、貞享暦から寛政暦までは日本人の手になるものだが、中国の暦に経度差による補正をしただけで、日本人が初めから作ったのは天保暦だけである。天保暦までが太陰暦、明治六年(一八七三)から太陽暦のグレゴリオ暦になった。」とあります。つまり、「こよみ」の意義のほうが本来の意義であるというわけです。そこで、複数の意義のあるこの語よりも、「元号」と呼称したほうが明快だと思いますが(「元号法」は1979年制定)、何事もはっきり表現するのを避けるのが最近の流れであるのかなと感じました。今後のご参考になれば幸いです。

以下、英国大使館から頂戴したご返事です。

証明書の日付表記について(在英国日本国大使館)

石橋 教行様

日頃より当館業務にご協力いただき感謝申し上げます。

ご連絡が遅くなり大変恐縮ですが,先般,在留証明の申請の際にご照会のありました証明申請の際の西暦による日付記入について,外務本省担当部署からの回答がありましたのでご連絡いたします。

在外公館で発給している在留証明の書式については,先般,窓口にてご説明差し上げましたとおり,法令で定められているものではありません。従いまして,和暦の使用を強制する法的根拠はありませんが,世界各国にある在外公館が発行する公文書として書式を統一するために和暦を使用しております。 
和暦の使用を強制する法令は存在しないと考えられますが,これまで書式統一のために年の表記に和暦を記載いただくようご協力を求めてきております。一方で,石橋様のようにご自身の信条をもって西暦を使用されたいという申請者の方には,申請者ご自身が記載される日付については,西暦にてご記入いただいて問題ないとのことでした。ただし,館側が記載する部分については,これまでと書式が違うことで混乱を生むことを避けるため,和暦にて記載することになりますので,ご理解いただきますようお願いいたします。
今後,当館において在留証明をご申請いただく際,ご自身が記入される申請年月日については西暦で記載いただいて問題ありません。

ご連絡が遅くなりましたこと,重ねてお詫び申し上げます。

在英国日本国大使館 証明担当

ついでに、もひとつ、大使館のお役人に宛てた返事も載せておきます。そんなこんなで、無駄な時間を潰しているこのごろです。

在英国日本国大使館 証明ご担当者様(どうしたわけか、お名前がありませんでしたので、このような呼称でご容赦下さい)、

ご返事ありがとうございます。翌日ご確認いただけるとのことでしたので、待ち遠しくご連絡を待ち遠しくお待ちしていました。
まず、私のお願いを聞き入れいただき、貴重なお時間を割いていただいたこと、感謝します。

ただ、このような当たり前のことをわざわざ尋ねていただかなければいけないという事実、また、窓口で、私が西暦を記入すれば証明が出せないという貴官のご発言を聞いて、わが耳を疑いましたが、必要に迫られ、意に反して元号での記入を強制されたことは、精神的な苦痛であったことをあらためて申し述べたいと思います。結果として、窓口でのご対応が法令に基づかないとことが明らかになりましたが、この点につき、謝罪などの言及がないこと、及び、今後も館側では私の記載通りにしないで、私の意思に反した記載を続けるというご方針である点は、たいへん残念に思います。また、このような日常の事務手続きのたびに、ほんらい内心の自由であるはずの(つまり他人から問われる必要が無いはずの)思想信条を持ち出さなければならないような事態は一刻も早くなくすべきであり、書式の変更を要請します。

なお、あくまでも元号使用(意図的な強制)にこだわり続けるご姿勢は、外務省、いや、日本の政府じしんが掲げている「国際化推進」との整合性が問われるのではないか、と考えます。元号を理解しない日本国籍者以外の方にも、同様の書式が強要されるのでしょうか、あるいは、別用紙が用意されているのでしょうか(そうであればダブル・スタンダードです)。多様性を保障し、他者に寛容な、ごくあたりまえの行政に是正されることを(先日の貴官のご対応からは絶望的と考えざるをえませんが)期待しています。

石橋教行


2016年10月31日月曜日

奥深い「行く」と「来る」

ギリシャ、ザキントス島 重油がわき出、そこに囚われた鳥の死骸(右端)

 ここ数日の間に、「行く」と「来る」について認識を新たにする用法にぶつかりました。まず、一つめは一昨日、ロンドンに桃井かおりが来るというので、いそいそとトークを聞きに出かけました。「火」という題名の新作映画をひっさげて、公開前の事前上映会をするのにともなう機会で、国際交流基金が企画運営していました。そこでのやりとりで印象に残った一言。会場からの最後の質問者が次のような表現を口にしました(おぼろげな記憶)。

質問者(女性)
(映画で主人公=桃井かおりが来ていた服について)あの服を見た瞬間、この女、来ちゃってるな感があったんですが、あの服はどうやって見つけたんですか。
――桃井かおり氏
あの服、私のなんです。どういうわけか何年も前からある。一枚だけじゃなく、色違いも持ってる。

 二つめは、今朝見た朝日新聞デジタル版の厚切りジェイソン氏とREINA氏の対談で、引用中Jは前者、Rは後者です。

朝日新聞2016年10月21日掲載記事「トランプ氏の発言、厚切りジェイソン&REINAが斬る」
J ピリピリで始まった
R よく見ると、ヒラリーの方が行っていないんだよね。トランプは待っているんだけど、ヒラリーがこない。そっからお祭りじゃないけど、ほんとエンターテインメントになった

 どちらも行く、来るの着点は口にされていないけれど、意味は瞬時に分かります。分かるということは、このような用法に慣れ親しんでいる証拠ですが、とある究極的な精神状態、あるいは感覚にいたるという意義でしょう。そう思って日本国語大辞典第二版を調べると、「行く」の項に、高齢に達する、死ぬ、満足・納得する、性交の快感が絶頂に達する、とあります。さて、では、この二例はどうかというと、一つめは常軌を逸した状態に達した人格、二つめは興奮した、戦闘状態にふさわしい精神に達するとでもいうような意味でしょうか。どちらもあまり褒められたものではありません。これをこのように長々と説明的に書くと発話のおもしろみが失われ、発話者の「感覚的鋭敏さ」のアピールがにぶるということでしょう、「行ってる」「来てる」の一言で全て済ますことができ、また「行ってるな感」という造語も簡単に作り出すことができます。何より、それを聞いた側との共有感が「たまらない」。

 ここまで書いて、はて、何を共有したいというのだろうか、という疑問がわきます。人をあざ笑い、異様なものとしておとしめて、その感覚を共有する楽しみです。桃井かおり氏はそれを見事に受け止めて、「それ私の服」と返答したわけですが、さて。この話の教訓は口に気をつけなさいということでしょうか。自分も立派な日本人ですから、いつもやっているんだろうと思います。

2016年9月5日月曜日

夏の終わりに


  ギリシャのザキントス島の入り日

 この写真は、海辺で泳いだ後、裏山にハイキングにのぼり、山を下りる道に迷ったさいに撮った写真です。盛大なフレアがでています。いったい、いくつ出ているのか、大きい赤丸だけで二つ半、小さいのは、使われているレンズの数だけあるのか、それとももっとあるのかな?しぼりが少しかかっている分、ギザギザが入っていて、きれいな円でないのも愛嬌です。

 原因は、光量の過剰でしょうか。でも考えると、このような現象はどんなものを撮っても起きるはずなのに、写真に出てこないのは、うまい具合に影響が調整されていて、気がつかないように仕組まれているからなんでしょうね。で、過剰という話。つい最近参加した日本語の先生の集まりで「過剰敬語」という言葉を使っている人がいました。その内容とは関係ないんですが、私は敬語のありようについて、一家言あります(一家言というのはもったいぶった言い方です、念のため)。
 何かというと、敬語を使うのはもうやめよう、ということです。まともに(これも議論があるところ)使える人はもうほとんどいない、そういうのを聞かされるとうんざりする、間違って使うと、意味が分からないし、聞いている側も腹が立つ、などなど、いろいろありますが、一番の理由は、相手次第で言葉づかいを変え、相手の格をはかり、上下関係・親疎関係を計算し、場面をおもんぱかり、自分の押し出し(キャラなるもの)を演出し、などなど、というのが人間として卑しいし、そういうことに気をつかうのが鬱陶しくてしかたがないからです。そうはいっても、他人が使っているのに自分が使わないと、「ため口」などというへんてこりんな言葉で陰で悪口を言われたり、言葉を知らないやつだと、正体を見抜かれたりもしますから、それも困る。それで、さしあたりの妥協点、丁重語なるものを廃止しよう、という考えにいたりました。
 丁重語(あるいは荘重語)の仕組みは、知っている限りでは、そんなに古くないはずです。サムライあたりが、かっこつけに使ったか、できの悪い時代小説が雰囲気作りのためにでっち上げたか、そういうたぐいの、「荘重さ」を演出するだけの表現は、意思疎通には不要で、やめた方がいい、という、これは正論だと思います。賛成してくれる人、今からすぐに実行しませんか。

2015年11月15日日曜日

酔(ゑひ)のさなか



おととい、金曜日の宵、久しぶりにコンサートに行きました。The ORBです。三ヶ月ぶりかな。うちの連れは、私と違って、先週は2回、その前の週も2回だったから、この人の楽しめる音楽の趣味の広さを示しています。うらやましい話。パブでちょっとしたおいしいものを食べてから、目当てのグループが現れる頃を見計らって会場へ。ロンドン東部、Bethnal Greenの外れで、天井が高くない割には、音響も悪くありませんでした。外はガス施設の円形の柱が立ち並ぶ。来ていた面子は予想していたより年齢層が若く、80年代に登場したグループにしては新規の層も継続してひきつけているんだな、とわかりました。服装も気取らない、目立たないけれど、見ようによってはちょっと凝ったところもある人たち。それで、その観賞態度ですが、静かに酔う、という感じで、個々人が音に聴き入って、単調な、でもちょっと心が浮き上がってくるような音の流れに体を揺らせながら楽しんでいる。ときどき、自分のまわりを見回して、同様に酔いに落ち込んでいる聴衆の姿態を見て音の共有を満足し、それがまた少しだけ楽しみを増幅させるというようなところでしょうか。そうやって酔っぱらっているところに、誰かがフランスで何かあったらしい、と告げる声。いやな感じがするけど、自分は楽しみの最中で酔っていたいから、聞かなかったことにする。気になるから携帯を見ると、臨時報が流れている。ちらっと見て、また酔いに戻る。そういうことで、家に帰ってニュースに向き合ったのは日付が変わってからでした。そして、その時間にもまだ事件が収束していなかったのを知ったのは、翌朝でした。海峡を隔てると銃の音が聞えないのです。

2015年7月12日日曜日

野原のながめ

                牛がいる( 野)原(の)風景(ながめ)

 ちょっと前になりますが、5月末、ちょっといい天気の日を選んで、再びLewesに出かけました。そこから海辺の町、Newhavenまで川沿いを歩こうという計画です。写真を撮ったのは、そのLewesのすぐ隣にあるMalling Downという丘です。あとで見つけたんですが、牛がのんびり親子連れでお食事をなさっている中に、どういうわけか若い鹿が一頭まじっていました。鹿は、たいてい群れで生活しているはずなのに一頭だけ、この地所の持ち主が放ったのかな。
 さて、今回は写真の下につけた「原風景(げんふうけい)」なることばです。改めて言うまでもないことですが、このような「原(げん)」の使い方はそう古いものではなくて、戦後、それも60年代頃から広がり始めたのではないかと思います。意味は、「もとの」程度の意味ですが、例によって、これも[意味深げことば]のひとつとして、幼少期に見聞きしたことを「原体験」、小さいころ親しんだ野原の様子を「原風景」などと呼びかえて、聞こえの良い、ありがたい言葉にしあげた代物です。意味深げ、と書いたのは、たいした意味がないのに、何か深い意味を含んでいるように装うということが言いたいのですが、この手の「耳障り(みみざわり)」の良い(?)決まり言葉、使っていて、恥ずかしくないのか、と思うからです。意味深げな言葉を使うなら、それにふさわしい内容を。
 ところで、このあと旧要塞跡の丘にたどり着き、海辺までの眺めを楽しんだのは良かったものの、そこから川に降りる道がなく、他人の農地を横切るのも心苦しいということで、大きく迂回を強制され、結局もとの地点に戻ってしまいました。そこからさらに4時間歩く元気が失せて、町に戻ってビール醸造所の経営するパブでいっぱい引っかけました。こういうのを「原点に立ち返って」というのでしょうか。おそまつ。

2015年1月26日月曜日

「あり」の起源はどこにあり?

  Euphorbiaの一種、メノルカ島でみつけました。そこにアリがありいていました。

私は、SIGMA社のカメラが好きで、あわせて6台持っています。一回に使えるのは一台に限られますから、これは明らかに不要な数です。それが分かっていながら、ついつい次の、より機能が高い、精度も高いものをと、欲望の連鎖から抜け出ることができません。そういうとき、評判や情報を求めて渉猟するサイトで頻繁に見かけるのが、「◯◯もありだ」、「これは買いだ」という表現です。この「ありだ」について、辞典で調べると、大きい辞典には掲載がなく、現代用語の基礎知識、イミダスに新語流行語、あるいは若者語として記載がありました。「可。いける。適合すること。『これにソースはアリですね。』」と語義、例文がありました。近ごろは大学の講義で、60代の教授あたりが使っていますから、日本では、60代も若者の仲間に扱われるということで、少しほっとしています。
 そこで、肝心の意味ですが、たとえば、「何でもありだ」の場合は「どのような事態でも生じうる」、あるいは「何をやっても許容される」のような意味内容、また「◯◯もありだ」の場合は、選択肢の一つとして許容されるというような意味ではないか、と感じています。研究社の新和英大辞典第5版にはすでに用例があげてあり、「彼ならそれもありかも知れない。」として、英訳が"In his case even that is possible."と付けてありました。これも許容、あるいは選択が可能という意味なんでしょうが、何ともぼんやりしていて、何が可能なのか、意味を確定できません。もとになっているのは動詞の「ある」にちがいなく、その用例をあさりましたが、「許容」につながる用法が見つかりません。「ある」の「存在」の意義から考えると、「これこれという選択肢もある(ありえる)」と文を補うと意味が通るようになることから、これは文の前の部分(係り部)が省略され、ついで、「ある」が「あり」の形に変えられ、それに判断辞の「だ」がくっついているのであろうと、推定できます。では、「あり」はいわゆる連用中止形か、あるいは古語の「あり」の終止形が援用されているのか、という形態の面が問題になります。私はいわゆる連用中止形が用いられているという解釈が可能性が高いと思ってはいますが、古い言い回しを引用的に使って、「『幸福は満足にあり。』だ。」のような形を他の部分をすっ飛ばして用いている可能性も「ありだ」という気もします。さて、どうなんでしょう。何にしても、誰が聞いても分かるように、もっとはっきり物を言って欲しいものだ、と思います。