2020年1月13日月曜日

重いコンダラと逢魔(おうま)が時


 Erithからテームズ河畔を下り、支流のRiver Darantに曲るあたりでみた廃棄物処理場

今回のテーマは、いわゆる「異分析」です。ここのところ助辞の「-が」と「-の」にかかりきりなんですが、いわゆる準体句をうける「が」で、ふと、巨人の星の歌詞を思い出しました。「思い込んだら試練の道を行く∅が男のど根性」。「-が」の前は名詞なしの準体句で、ちょっと古くさい使い方、あるいは、ええかっこしい、にも使います。そのこととは関係がありませんが、この歌詞を「重い+コンダラ」と考えていた、という人を少なくとも二人知っています。こういうのが「異分析」、本来の言語表現とはちがう語と語の組みあわせで解釈してしまうことのよう。ひとことで言うと、勘違い。さて、ここで問題になるのが、では、「コンダラ」とは何か?という深遠な問いで、運動場をならす、例のドラム缶のようなまるい重しをくっけた道具を「コンダラ」と呼ぶものととらえたわけですが、なるほど、あれはコンダラか、といわれたら、信じたくなりません?だって、コンダラを重そうにひきづる星飛雄馬(?)がそこにいるんだから。それに、少なくとも、そのドラムのような物を何と呼ぶべきか、私は知らない、そんなことを考えながら、London Loop Way(終点まで55マイルあるらしい)を歩いていて、見かけたのがこの写真の風景でした。ここなら、コンダラも見つかりそう。

もう一つが、「おおまがとき」、これは、昨年末の勉強会で例に出し、まちがえてしまった恥ずかしいやつです。「が」が付く現代語に何かないかな、ふと思い出したのが、「逢う魔が時」ですが、この言葉、本当は「大禍時」だったらしいんです。「が」とは無縁な語でした。他人(ひと)のことは笑えない、記憶では何かの小説で読んだようにおもう。でも、これについては、辞書にもちゃんとごていねいに「逢魔時」と書いてるのもある。意味は夕暮れの薄ぐれどき、かはたれ時、とほぼ同じ頃とのこと。良くないことが起こりそうな時刻で、さっさと家に帰りなさい、という京都の人のありがたい教えだった。この間違いにはおまけが付いていて、「逢う魔が時」と「百鬼夜行」というのを、これまた混同して覚えていました。百鬼夜行は宇治拾遺物語にありました。でも、その話もきちんと読まないで、字面から「夜、たぶん深夜に出歩くと、ぞろぞろと歩き回る魔物のパレードに鉢合わせしてしまうこと」のように思い込んでいて、そういう意味で、「逢う魔が時」にぴったりだ。「!」これ使お。となったわけでした。従来、「が」は「逢う魔」のような語にくっつくわけもなかったはずが、現代語ではそういう用法に変化してしまった、という例になりそう、と思ったのでした。さて、もう一つ言い訳があります。この思い違いは、自分だけじゃなさそうで、どうも、そういう作り話がごまんと、そこらにながされているようです。お暇な人はネットで検索して下さい。
以上のことから言いたいことは、人は自分が知らない言葉を聞いた時、自分のあり合わせの語彙を利用して、なんとか合理的な解釈を行おうとする、その結果、その新しい解釈をする人が、一人でなく複数、あるいは、ある程度の人数に広がっていくと、新しい表現が誕生する、という現象にあらためて注意がむいた、ということでした。人の思い込みとは恐ろしいものです。最後に、もう一つ写真を。

2017年9月11日月曜日

ご報告


 7月に訪れたシシリー島の火山の登り口(登攀道路)からの眺め

今回も手抜きです。二週間ほど前、とある要件で、英国大使館に行き、在留証明その他を入手しました。その際、申し込みの用紙に年号を記載するのですが、元号での記載しか許されない仕組みにしつらえてありました。じつは昨年パスポートを切り替えるときにも、同じ目にあっていたので、西暦で書くけど、いいか、と係の人に確認したところ、例によって、大使館のお役人が出てきて、書式だから、書式に従わないと証明類は出せない、と言ってきました。根拠を聞いても答えない、わからない、書式だからの一点張り。それで、法的根拠がないものをどうして強制するのか理由を尋ねたところ、日本の外務省に確認するとの返事、そんなものを待っていたら二度手間になるので、いやいや元号で記入しました。いやいや書いたと断りのメモをつけて。それで、さきほど返事が届いたので、紹介します。それから、ついでに、この件を英国の国際交流基金が運営している(はずの)メーリングリストに投稿しました。以下がその内容。


メーリングリストの皆様、

日本語教育とは少し縁遠い話題で申しわけありませんが、先日とある事情で英国大使館に在留証明などの「申請」に行き、その場で担当の係官の方に西暦での記入の可否について、たずねました。先ほど、その後返事をいただきましたので、共有したいと思います。添付したものが、在英国日本国大使館からのご返事です。公式の見解ですから、公表してかまわないものと思います。なお、このような内容で、このメーリングリストにお知らせすることについて、ご迷惑にお感じの方もいらっしゃると思いましたが、これも「ことば(日本語)」の使用に関わる問題と考えましたので、お送りします。(関係のない話ですが、私が元号を使用したくない理由は、年号の記載法として合理的でないこと、「国際交流」の推進にとって障碍(しょうがい)になりかねないこと、国家による思想的な強制がみとめられることの三点です。)。これで、日本への渡航を考える英国在住の方々が、あえて元号に悩まされる必要も本来無かったことがわかりました。せっかくのことですから、西暦で記入して何も問題が無いことがはっきり誰にでも(日本人以外の人にも)わかるように、「書式」に西暦の選択肢を明記していただければ混乱は避けられるのではないかと思います。
 なお、英国大使館のご担当の方からのご返事に、「和暦」という語がもちいられています。これにつき、日本国語大辞典は「われき(和暦)」の項に、「(1)「にほんれき(日本暦)」に同じ。(2)西暦に対して、日本の紀元および年号にいう。」とし、また、「にほんれき(日本暦)」の項には、「日本で使われた暦。明確に暦が使われるようになった持統天皇六年(六九二)以後現在に至るまでの間に使われた暦は、元嘉、儀鳳、大衍、五紀、宣明、貞享、宝暦、寛政、天保およびグレゴリオ暦である。このうち宣明暦までは中国の暦法を輸入したもの、貞享暦から寛政暦までは日本人の手になるものだが、中国の暦に経度差による補正をしただけで、日本人が初めから作ったのは天保暦だけである。天保暦までが太陰暦、明治六年(一八七三)から太陽暦のグレゴリオ暦になった。」とあります。つまり、「こよみ」の意義のほうが本来の意義であるというわけです。そこで、複数の意義のあるこの語よりも、「元号」と呼称したほうが明快だと思いますが(「元号法」は1979年制定)、何事もはっきり表現するのを避けるのが最近の流れであるのかなと感じました。今後のご参考になれば幸いです。

以下、英国大使館から頂戴したご返事です。

証明書の日付表記について(在英国日本国大使館)

石橋 教行様

日頃より当館業務にご協力いただき感謝申し上げます。

ご連絡が遅くなり大変恐縮ですが,先般,在留証明の申請の際にご照会のありました証明申請の際の西暦による日付記入について,外務本省担当部署からの回答がありましたのでご連絡いたします。

在外公館で発給している在留証明の書式については,先般,窓口にてご説明差し上げましたとおり,法令で定められているものではありません。従いまして,和暦の使用を強制する法的根拠はありませんが,世界各国にある在外公館が発行する公文書として書式を統一するために和暦を使用しております。 
和暦の使用を強制する法令は存在しないと考えられますが,これまで書式統一のために年の表記に和暦を記載いただくようご協力を求めてきております。一方で,石橋様のようにご自身の信条をもって西暦を使用されたいという申請者の方には,申請者ご自身が記載される日付については,西暦にてご記入いただいて問題ないとのことでした。ただし,館側が記載する部分については,これまでと書式が違うことで混乱を生むことを避けるため,和暦にて記載することになりますので,ご理解いただきますようお願いいたします。
今後,当館において在留証明をご申請いただく際,ご自身が記入される申請年月日については西暦で記載いただいて問題ありません。

ご連絡が遅くなりましたこと,重ねてお詫び申し上げます。

在英国日本国大使館 証明担当

ついでに、もひとつ、大使館のお役人に宛てた返事も載せておきます。そんなこんなで、無駄な時間を潰しているこのごろです。

在英国日本国大使館 証明ご担当者様(どうしたわけか、お名前がありませんでしたので、このような呼称でご容赦下さい)、

ご返事ありがとうございます。翌日ご確認いただけるとのことでしたので、待ち遠しくご連絡を待ち遠しくお待ちしていました。
まず、私のお願いを聞き入れいただき、貴重なお時間を割いていただいたこと、感謝します。

ただ、このような当たり前のことをわざわざ尋ねていただかなければいけないという事実、また、窓口で、私が西暦を記入すれば証明が出せないという貴官のご発言を聞いて、わが耳を疑いましたが、必要に迫られ、意に反して元号での記入を強制されたことは、精神的な苦痛であったことをあらためて申し述べたいと思います。結果として、窓口でのご対応が法令に基づかないとことが明らかになりましたが、この点につき、謝罪などの言及がないこと、及び、今後も館側では私の記載通りにしないで、私の意思に反した記載を続けるというご方針である点は、たいへん残念に思います。また、このような日常の事務手続きのたびに、ほんらい内心の自由であるはずの(つまり他人から問われる必要が無いはずの)思想信条を持ち出さなければならないような事態は一刻も早くなくすべきであり、書式の変更を要請します。

なお、あくまでも元号使用(意図的な強制)にこだわり続けるご姿勢は、外務省、いや、日本の政府じしんが掲げている「国際化推進」との整合性が問われるのではないか、と考えます。元号を理解しない日本国籍者以外の方にも、同様の書式が強要されるのでしょうか、あるいは、別用紙が用意されているのでしょうか(そうであればダブル・スタンダードです)。多様性を保障し、他者に寛容な、ごくあたりまえの行政に是正されることを(先日の貴官のご対応からは絶望的と考えざるをえませんが)期待しています。

石橋教行


2016年10月31日月曜日

奥深い「行く」と「来る」

ギリシャ、ザキントス島 重油がわき出、そこに囚われた鳥の死骸(右端)

 ここ数日の間に、「行く」と「来る」について認識を新たにする用法にぶつかりました。まず、一つめは一昨日、ロンドンに桃井かおりが来るというので、いそいそとトークを聞きに出かけました。「火」という題名の新作映画をひっさげて、公開前の事前上映会をするのにともなう機会で、国際交流基金が企画運営していました。そこでのやりとりで印象に残った一言。会場からの最後の質問者が次のような表現を口にしました(おぼろげな記憶)。

質問者(女性)
(映画で主人公=桃井かおりが来ていた服について)あの服を見た瞬間、この女、来ちゃってるな感があったんですが、あの服はどうやって見つけたんですか。
――桃井かおり氏
あの服、私のなんです。どういうわけか何年も前からある。一枚だけじゃなく、色違いも持ってる。

 二つめは、今朝見た朝日新聞デジタル版の厚切りジェイソン氏とREINA氏の対談で、引用中Jは前者、Rは後者です。

朝日新聞2016年10月21日掲載記事「トランプ氏の発言、厚切りジェイソン&REINAが斬る」
J ピリピリで始まった
R よく見ると、ヒラリーの方が行っていないんだよね。トランプは待っているんだけど、ヒラリーがこない。そっからお祭りじゃないけど、ほんとエンターテインメントになった

 どちらも行く、来るの着点は口にされていないけれど、意味は瞬時に分かります。分かるということは、このような用法に慣れ親しんでいる証拠ですが、とある究極的な精神状態、あるいは感覚にいたるという意義でしょう。そう思って日本国語大辞典第二版を調べると、「行く」の項に、高齢に達する、死ぬ、満足・納得する、性交の快感が絶頂に達する、とあります。さて、では、この二例はどうかというと、一つめは常軌を逸した状態に達した人格、二つめは興奮した、戦闘状態にふさわしい精神に達するとでもいうような意味でしょうか。どちらもあまり褒められたものではありません。これをこのように長々と説明的に書くと発話のおもしろみが失われ、発話者の「感覚的鋭敏さ」のアピールがにぶるということでしょう、「行ってる」「来てる」の一言で全て済ますことができ、また「行ってるな感」という造語も簡単に作り出すことができます。何より、それを聞いた側との共有感が「たまらない」。

 ここまで書いて、はて、何を共有したいというのだろうか、という疑問がわきます。人をあざ笑い、異様なものとしておとしめて、その感覚を共有する楽しみです。桃井かおり氏はそれを見事に受け止めて、「それ私の服」と返答したわけですが、さて。この話の教訓は口に気をつけなさいということでしょうか。自分も立派な日本人ですから、いつもやっているんだろうと思います。

2016年9月5日月曜日

夏の終わりに


  ギリシャのザキントス島の入り日

 この写真は、海辺で泳いだ後、裏山にハイキングにのぼり、山を下りる道に迷ったさいに撮った写真です。盛大なフレアがでています。いったい、いくつ出ているのか、大きい赤丸だけで二つ半、小さいのは、使われているレンズの数だけあるのか、それとももっとあるのかな?しぼりが少しかかっている分、ギザギザが入っていて、きれいな円でないのも愛嬌です。

 原因は、光量の過剰でしょうか。でも考えると、このような現象はどんなものを撮っても起きるはずなのに、写真に出てこないのは、うまい具合に影響が調整されていて、気がつかないように仕組まれているからなんでしょうね。で、過剰という話。つい最近参加した日本語の先生の集まりで「過剰敬語」という言葉を使っている人がいました。その内容とは関係ないんですが、私は敬語のありようについて、一家言あります(一家言というのはもったいぶった言い方です、念のため)。
 何かというと、敬語を使うのはもうやめよう、ということです。まともに(これも議論があるところ)使える人はもうほとんどいない、そういうのを聞かされるとうんざりする、間違って使うと、意味が分からないし、聞いている側も腹が立つ、などなど、いろいろありますが、一番の理由は、相手次第で言葉づかいを変え、相手の格をはかり、上下関係・親疎関係を計算し、場面をおもんぱかり、自分の押し出し(キャラなるもの)を演出し、などなど、というのが人間として卑しいし、そういうことに気をつかうのが鬱陶しくてしかたがないからです。そうはいっても、他人が使っているのに自分が使わないと、「ため口」などというへんてこりんな言葉で陰で悪口を言われたり、言葉を知らないやつだと、正体を見抜かれたりもしますから、それも困る。それで、さしあたりの妥協点、丁重語なるものを廃止しよう、という考えにいたりました。
 丁重語(あるいは荘重語)の仕組みは、知っている限りでは、そんなに古くないはずです。サムライあたりが、かっこつけに使ったか、できの悪い時代小説が雰囲気作りのためにでっち上げたか、そういうたぐいの、「荘重さ」を演出するだけの表現は、意思疎通には不要で、やめた方がいい、という、これは正論だと思います。賛成してくれる人、今からすぐに実行しませんか。

2015年11月15日日曜日

酔(ゑひ)のさなか



おととい、金曜日の宵、久しぶりにコンサートに行きました。The ORBです。三ヶ月ぶりかな。うちの連れは、私と違って、先週は2回、その前の週も2回だったから、この人の楽しめる音楽の趣味の広さを示しています。うらやましい話。パブでちょっとしたおいしいものを食べてから、目当てのグループが現れる頃を見計らって会場へ。ロンドン東部、Bethnal Greenの外れで、天井が高くない割には、音響も悪くありませんでした。外はガス施設の円形の柱が立ち並ぶ。来ていた面子は予想していたより年齢層が若く、80年代に登場したグループにしては新規の層も継続してひきつけているんだな、とわかりました。服装も気取らない、目立たないけれど、見ようによってはちょっと凝ったところもある人たち。それで、その観賞態度ですが、静かに酔う、という感じで、個々人が音に聴き入って、単調な、でもちょっと心が浮き上がってくるような音の流れに体を揺らせながら楽しんでいる。ときどき、自分のまわりを見回して、同様に酔いに落ち込んでいる聴衆の姿態を見て音の共有を満足し、それがまた少しだけ楽しみを増幅させるというようなところでしょうか。そうやって酔っぱらっているところに、誰かがフランスで何かあったらしい、と告げる声。いやな感じがするけど、自分は楽しみの最中で酔っていたいから、聞かなかったことにする。気になるから携帯を見ると、臨時報が流れている。ちらっと見て、また酔いに戻る。そういうことで、家に帰ってニュースに向き合ったのは日付が変わってからでした。そして、その時間にもまだ事件が収束していなかったのを知ったのは、翌朝でした。海峡を隔てると銃の音が聞えないのです。

2015年7月12日日曜日

野原のながめ

                牛がいる( 野)原(の)風景(ながめ)

 ちょっと前になりますが、5月末、ちょっといい天気の日を選んで、再びLewesに出かけました。そこから海辺の町、Newhavenまで川沿いを歩こうという計画です。写真を撮ったのは、そのLewesのすぐ隣にあるMalling Downという丘です。あとで見つけたんですが、牛がのんびり親子連れでお食事をなさっている中に、どういうわけか若い鹿が一頭まじっていました。鹿は、たいてい群れで生活しているはずなのに一頭だけ、この地所の持ち主が放ったのかな。
 さて、今回は写真の下につけた「原風景(げんふうけい)」なることばです。改めて言うまでもないことですが、このような「原(げん)」の使い方はそう古いものではなくて、戦後、それも60年代頃から広がり始めたのではないかと思います。意味は、「もとの」程度の意味ですが、例によって、これも[意味深げことば]のひとつとして、幼少期に見聞きしたことを「原体験」、小さいころ親しんだ野原の様子を「原風景」などと呼びかえて、聞こえの良い、ありがたい言葉にしあげた代物です。意味深げ、と書いたのは、たいした意味がないのに、何か深い意味を含んでいるように装うということが言いたいのですが、この手の「耳障り(みみざわり)」の良い(?)決まり言葉、使っていて、恥ずかしくないのか、と思うからです。意味深げな言葉を使うなら、それにふさわしい内容を。
 ところで、このあと旧要塞跡の丘にたどり着き、海辺までの眺めを楽しんだのは良かったものの、そこから川に降りる道がなく、他人の農地を横切るのも心苦しいということで、大きく迂回を強制され、結局もとの地点に戻ってしまいました。そこからさらに4時間歩く元気が失せて、町に戻ってビール醸造所の経営するパブでいっぱい引っかけました。こういうのを「原点に立ち返って」というのでしょうか。おそまつ。

2015年1月26日月曜日

「あり」の起源はどこにあり?

  Euphorbiaの一種、メノルカ島でみつけました。そこにアリがありいていました。

私は、SIGMA社のカメラが好きで、あわせて6台持っています。一回に使えるのは一台に限られますから、これは明らかに不要な数です。それが分かっていながら、ついつい次の、より機能が高い、精度も高いものをと、欲望の連鎖から抜け出ることができません。そういうとき、評判や情報を求めて渉猟するサイトで頻繁に見かけるのが、「◯◯もありだ」、「これは買いだ」という表現です。この「ありだ」について、辞典で調べると、大きい辞典には掲載がなく、現代用語の基礎知識、イミダスに新語流行語、あるいは若者語として記載がありました。「可。いける。適合すること。『これにソースはアリですね。』」と語義、例文がありました。近ごろは大学の講義で、60代の教授あたりが使っていますから、日本では、60代も若者の仲間に扱われるということで、少しほっとしています。
 そこで、肝心の意味ですが、たとえば、「何でもありだ」の場合は「どのような事態でも生じうる」、あるいは「何をやっても許容される」のような意味内容、また「◯◯もありだ」の場合は、選択肢の一つとして許容されるというような意味ではないか、と感じています。研究社の新和英大辞典第5版にはすでに用例があげてあり、「彼ならそれもありかも知れない。」として、英訳が"In his case even that is possible."と付けてありました。これも許容、あるいは選択が可能という意味なんでしょうが、何ともぼんやりしていて、何が可能なのか、意味を確定できません。もとになっているのは動詞の「ある」にちがいなく、その用例をあさりましたが、「許容」につながる用法が見つかりません。「ある」の「存在」の意義から考えると、「これこれという選択肢もある(ありえる)」と文を補うと意味が通るようになることから、これは文の前の部分(係り部)が省略され、ついで、「ある」が「あり」の形に変えられ、それに判断辞の「だ」がくっついているのであろうと、推定できます。では、「あり」はいわゆる連用中止形か、あるいは古語の「あり」の終止形が援用されているのか、という形態の面が問題になります。私はいわゆる連用中止形が用いられているという解釈が可能性が高いと思ってはいますが、古い言い回しを引用的に使って、「『幸福は満足にあり。』だ。」のような形を他の部分をすっ飛ばして用いている可能性も「ありだ」という気もします。さて、どうなんでしょう。何にしても、誰が聞いても分かるように、もっとはっきり物を言って欲しいものだ、と思います。

2014年10月24日金曜日

柿食えば???


 先月、サニンデールからウィンザーまで歩きました。15キロくらいで、その道中の半分はバージニアウォーターという、 人為的に作った池を中心にした公園です。そこで、めったに見つからないキノコを見つけました。ここは、王室が所有している由で、採集は許可されていないとのこと、残念至極。これ、おいしいらしいんです。英語の名前は"Cauliflower fungus" です。
 さて、秋も深まり、ここのところイギリスにもたくさんの柿が輸入されて、売られています。全部スペイン産でしょうが、角張った渋柿に加え、平核無柿、富有柿も最近仲間入り。選択肢が増えるのは、うれしい限りです。さて、一つ気になること。
 子規の有名な句です。「柿食えば」はいい、次の「鐘が鳴るなり」の「なり」がわからない。誰か知っている人教えて下さいな。「なり」には二つ有りますが、そのどっちをとっても意味が通らないんです。「鳴る」は四段活用だから、これが終止形か連体形か決められません。もし終止形なら、現代語に相当するとすれば、「そうだ」にでも当たるんでしょうが、そうすると、「柿を食えば鐘が鳴るという話だよ、法隆寺は」というようなことになって、子規は法隆寺にいるのではなくて、そういう話を詠んだだけということになる。茶屋で柿を食ったら、たまたま鐘が鳴った、という逸話は本当かどうか、何の根拠もない作り話らしい。もし「鳴る」が連体形であれば、「柿を食えば、鐘が鳴るのである」というような意味で、これも意味が通らない。いちばん有りそうな解釈は、語数が足りないからただ足しただけで意味が無い、というもの。その場合は、子規もたいしたことはない、ということになりますが、さて、誰か、教えて下さい。

追記:考えた末、これはやはり、終止形に続く、なりではないかと思うようになりました。昔から、「鳴る」に続くのは伝聞とか推定とか言われる方であったからです。意味としては、「柿を食っていると、おや鐘が鳴っているようだよ、法隆寺だなあれは」というような意味になるのかな?

2014年8月29日金曜日

「寄り添う」ねこ、鼻を利かす犬




ポルトガルの浜辺の町で昼寝をしていた身内らしい、「寄り添う」猫  世知辛い世の中、せめて人のつながりは大切にしたいということでしょう、この「寄り添う」という言い回しがここでもそこでもあそこでも、今日も明日もあさっても、垂れ流されています。たとえば、次のよう。「顧客の要望に徹底して寄り添い、業界の常識にとらわれないため、『型破り』とも言われる。」これは、朝日新聞デジタルで見つけた(凄腕つとめにん)大山雄也さん 9年で植えた緑、1万8000本、という記事(8月25日付)からとった、この大山さんという方への褒めことばです。いまや、「背中を押す」と並ぶ、好感度ナンバーワンのことばになっています。でも、この「顧客の要望というものに寄り添う」って、どうやったらできるんだろう、と思います。要望には「応える」んじゃなかったかな?ここまで、まるでインフレのように切り札の決めことばを使いすぎると、いずれ、どんどん価値が下がって行って、いずれまた違うはやりことばに置き換えられる運命にあると感じました。次は何か、予想しませんか?
 さて、今度は犬、活躍する警察犬の記事(同じく朝日、8月28日付)ですが、ここに、「警察犬が幅広い分野で鼻を利かせている。容疑者の足取りを追うだけでなく、違法薬物や拳銃の捜索など『一匹二役』をこなす犬が登場。」とあった。気がつきましたか?「鼻を利かす」ということばはないけど、あっ、「幅を利かす」だ。僕は、これを発見したとき、本当に感動しました。これこそ、日本語の伝統にのっとった由緒正しいだじゃれです。寄り添う猫と鼻を利かす犬とどっちがお気に入りでしょうか。
 
追記:本日、2014年11月19日(新聞記事は20日付け)、朝日新聞の記者が書いた記事で、次のような用例を見つけました。「地図を見てみると、バラノ湖は海に寄り添うような湖で、浜名湖とちょっと似ている。」。書き手は、河野正樹、ヨーロッパ総局員(欧州スポーツ担当)、2000年入社、とあります。これはもう、理解の範囲を超えた表現です。湖が海に寄り添う、とはいったいどういうことを意味するのか?ただ、??????と書く以外にすることがありません。2000年入社となると、30代半ばでしょうか。こういう記事を書いた人、校正でチェックできなかった人、朝日新聞よ、そういう社員ばかりでいいんですか?

2014年8月2日土曜日

右と左、カニの手に方向性(?)はあるか

 前回に続き、ポルトガル、Taviraの話。我々が泊まったホテルの部屋にあった訪問者の写真です。右目と左目の色が違います。正確には虹彩の色のちがいということでしょうか。この猫の子供と思われる少し小さめの、白地がない猫もこの日、一緒に居ましたが、数日後、今度はひとり(一匹)でドアをノックして(正確には塀を飛び上がって)、部屋の中に入って来て、1、2時間ほど一緒に過ごしました。夕飯を共にしたい、ということではなかったようで、せっかく訪ねて来たんだからと差し出した牛乳やチーズには関心を示さず、連れの膝の上に乗ってスキンシップを楽しんでいったようです。
 さて、この、右と左に関連して。たまたま次のような文が目についたので、引用します。「現在公開中の「思い出のマーニー」で監督を務めた、米林宏昌監督が生出演します。最新作に込めた思いや今後目指していく方向性など、米林監督がたっぷり語ります。」これはNHKの放送予定の番組案内の一部ですが、さて、この「方向性を目指す」ことが果たして可能なのか、とても気にかかります。辞書を引いてみると、「方向性』という語は岩波国語辞典、明鏡、大辞林ともに記載がない。大辞泉と日本国語大辞典にはあって、後者のものを引用すると「進むべき方向や目標を持っている状態。」とあり、1964年の安部公房の使用例がついていた。ついで、WIkipediaに「電磁は、一般的に無方向性鋼板方向性鋼板の2種類が使われている」とあった。ははあん、と合点が行きました。これは、「時系列」が単なる「時間の流れ」の意味と誤用されているのと同じ類いで、「方向」の意味と同じ意味で「方向性」を使っているんでしょう。「方向性」の方が「方向」より気取った言い方に聞こえるから使ってみたい、という心理です。気取ってはいるけど、意味が変だ、とは気がつかないのかな?
 さて、おまけの写真、ここに写っているカニさんの手(足か?)は一番前の右手が異様に大きくなっています。これがどのカニも同様に右手のみが大きいかというと、そうでもなくて、左手が大きいのも混じっていました。結論、「このカニさんの手の大きさには方向性はない」、と。

2014年7月22日火曜日

アサリとハマグリと赤貝とタコ


 初めて、ポルトガルに行きました。Algarveと呼ばれる、南部の沿岸地域で、その東端、スペイン寄りの街、Taviraというところ。海岸沿いの地域はすべてParque Natural da Ria Formosa(台湾をFormosaと呼んだのはポルトガル語だったんだね!)に指定されていました。砂州が折り重なって、島になり、入江になって、入り組んだ複雑な地形をつくり、そこに塩田が作られ、また塩分を含んだ湿地帯ができ、海流が満潮時に流れ込んで海岸に並行した川のような急な流れをつくり、陸となったところに植物が生い茂り、そこに生き物が住み着いて、とまあ、なかなか言葉では表せません。ということで、空から見た写真。


 ところで、ここの海辺の砂地は「鳴き砂」で、条件のいいところでは、結構な音が出ます。が、誰もそういうことに気を止めている者はいず、足摺(本来の意味ではない)をして興奮していたのは、自分たちだけでした。日本では、「琴ヶ浜」などと言って名所になり、自分もそれを求めて、過ぐる年、温泉津にまで行ったのを思いだします。
 それで本題、砂浜に打ち上げられた貝殻に何やら見覚えがある、アサリ?あれ、ハマグリ?そんなはずが、しかしどう見ても日本のものと同じだ、などと思っていたら、帰りのスーパーで"Japanese clam"という表記を発見、あとで調べると日本種がどういう経過でか持ち込まれて、地中海の沿岸部でも繁殖しているような話。ハマグリも混じっているようで、あの特有の模様、殻の厚みとやわらかな形も日本のものと思います。日本では絶滅寸前なのに。で、アサリは買ってパスタと一緒に胃袋に入れました。入り江で拾った赤貝は別種。タコは?ということで、次のが「タコの首都」を自称する街の一皿。今回は、言葉に関わりのないことで、おそまつさまでした。


2013年12月9日月曜日

背中を押さないで

Pont De Pierre by i_noriyuki
Pont De Pierre, a photo by i_noriyuki on Flickr.
 当世、自分で自分のことを決めるのが億劫になったのか、この「背中を押す」というのがずいぶんとはやりの言葉になっています。何か重要な転機に、誰かの助言を得たとか、他人の勧めに従ったら、それまでに予想もしなかったおもしろい変化が生じたとか、はては、高い買い物を決断するにしきれないから、踏み切るためのあと一押しが欲しいとか、迷える子羊にとって、この「背中を押し」てくれる人たちというのはまことにありがたい存在である、ということなのでしょう。
 でも、川端で背中を押されたら、水の中に落ちてしまいます。駅のホームで一押しされたら、怖いことになるなとぞっとしますが、世の中、何でも一押し欲しい人がいっぱいのようです。押す側の立場に立って考えれば、自分のことは知らず、他人が押して欲しがってるんだから、そのお手伝いをするのは決して悪いことじゃない、ということなんでしょうか、自分の財布は傷まないし。でも、自分で決められることを自分で決められないというのはみっともないことだと思わないんだろうか、などと、いらぬ心配をしていまいます。ままならない世の中、せめて、自分で選んだんことには、文句は言うまいと思いたい、という、悲しいあきらめの心情の反映です。何にしても、そういうのを書き物に書くのは、みっともないから、もう止めよう、と言いたい、お願いだから。
 写真は十一月に訪れたボルドーの川岸です。朝、霧が立って、川面を覆い、水面近くを水鳥が横切っていました。

2013年11月29日金曜日

はいじ、ハイジ、廃寺?


 今年の夏、島根に帰省し、その最後の日に松江城に行きました。この写真は敷地内にある稲荷神社の狐です。その神社の参道を歩いていると、後ろから女の声で、「真ん中を歩くな!神さんが通るところだ!」と鋭い声がして振り向くと、20歳くらいの女性とその連れが我々の後ろに続いていました。どうも、我々に参道の中心部を歩くな、と言いたかったようなのですが、その声はこの国の若い世代の迷妄(めいもう)を本気で信じたがる心性(しんしょう)を象徴しているようで、本当にやり切れない思いがしました。
 さて、話かわって、昨日、ロンドンの日本語センターでオックスフォードブルックス文庫立ち上げのイベントに参加してきました。日本語学習をしている大学生を対象に設定した読み物を提供しようとする試みです。日本語を勉強し始めた人たちにとって、自分たちのレベルに見合った読み物を探すのはなかなか大変で、独習で読める読み物を古典を書き直したり、昔から伝わる話を語彙(ごい)と文法に制限を加えて読みやすく提供しようとする試みです。私はその努力が大変なものであることを知っていますので、イベントにいそいそと出かけ、入り口で初級用一セット購入しました。そこで本題の一つ、語彙のコントロールです。シリーズは現在A2レベルが2部できていて、それぞれ、短い話が5冊セットになっており、その一つの作品が「廃寺の謎(なぞ)」。当然この「廃寺」も「謎」も当該(とうがい)レベルには入らないもので、日本の日常でも「廃寺」の方はまず使いません。語彙のコントロールがいかに難しいか、ということですが、それを補足するための脚注類(きゃくちゅうるい)はついていません。多分、日本語能力試験1級を通った人が読んでも、直ちに理解できる語彙ではないのではないか、という印象を受けました。
 二点目、これが最も気になった点、その内容です。不審(ふしん)な電話を受け続けるという若い男の子が荒れ果てた寺の境内(けいだい)で見つけた水子(みずこ)の地蔵(じぞう)を立て直してやったら、不審電話が止まった、というお話です。冒頭に書いた、日本の迷妄にすがる精神性を体現した小話で、そういう点では、現代の日本文化の紹介にふさわしい、と言えるのかもしれません。私は、物事を考えることを放棄し、迷妄にすがって生きる人がどんどん増えている日本の現況が悲しいので、そのような思いを監修の先生に伝えましたところ、そういうことは作者に言ってください。」との返事でした。今度作者に直接伝えようか、と本気で考えています。

2013年11月2日土曜日

夕暮れどき

Centre Pompidou, Paris by i_noriyuki
Centre Pompidou, Paris, a photo by i_noriyuki on Flickr.

 「かはたれ時」というのと「たそがれ時」というのは、時間帯が違うんだそうです。私はずっと同じものだと信じ込んでいました。もちろん同じ時刻を表すという使い方もあるような話です。辞典を調べてみると、「あれはたれ時」、とか、「あれはたそ時」というのも見つかりました。こういうのは、もう使われなくなったのが残念です。自分がふだん使うのは「夕暮れどき」です。
 ところで、こないだ、図書館においてあったので、水村美苗さんの本を2冊借りました。正直に言うと、この人のものは読もうという気にならなくて、手を触れたことが無かった、もしこの図書館の新規購入図書の棚になかったら、死ぬまで読まなかったことと思います。で、感想は、予想通り、我々の世代の文章表記能力の低さを改めて確認するものになりました。ご本人が一生懸命書こうと努力しているのがわかる分、余計に悲しい思いがします。また、自分の頭に浮かんだことをとにかく全部書き表そうと努めている跡が読み取られて、痛々しい感じがします。共有できる部分は、近年の日本語の言語表現が貧しくなっているという指摘です。この人と一つ違うと言えることは、ことばを身に付ける時期に、出雲の在郷で、そして小学校に入ってからは北河内で育ったことで、アメリカで暮らした水村氏が読書から得たようなことばの切れ切れを、直接、身内や近所の人たち、そして教会に来る信者さんの語り口と立ち居振る舞いから吸収したという点です。文字からと目や耳からの違いは大きいと思う。もちろん、自分のことばにならなかったのはお生憎様ですが。
 写真に写っているのは、たぶん、日本人の親子で、観光に来たんでしょうか。歩く早さ、動きが違うからか、このような写真の効果になって現れました。

2013年8月28日水曜日

山三(ヤマサン)正宗

酒持田本店 by i_noriyuki
酒持田本店, a photo by i_noriyuki on Flickr.
2年ぶりで帰ったいなか町、島根県出雲市平田町(以前は平田市平田町だった)の造り酒屋です。酒持田本店醸造というのが正式な会社名のようで、この写真に並んでいるのがここで作られるお酒の一覧ということでしょうか。建物の向かいでは、醤油の醸造も手がけていて、それが流れてくる匂いで分かりました。中に、赤い色のものもあったり、古酒も並んでいます。正直に言って、これほどの種類があるとは思っていませんでした。買い手を広げるための努力もあるものと思います。
 実は先日、持ち帰ったお酒とロンドンで入手したいくつかを放出して飲み比べをしたところ、集まった人々の一致した意見として、ここの純米吟醸原種が一番おいしいということになりました。巷間に「幻の銘酒」と言われるだけのことはあります。でもでも、残念至極なことに、この酒が飲めるのはここ平田市周辺以外にはありません。同じ島根県内はおろか、隣町の出雲や松江の町でもおかれているところは少ないのです。まして、遠路はなれたここロンドン、誰か、評判を聞き込んで輸入してくれないものだろうか、と願うこの頃です。今は消えてしまった「世界の花」(石橋酒造)がどうしたわけか、10年前にこの地で売られていたのですがねえ。

2013年7月8日月曜日

「-が」のはたらきについての疑問

SDIM7025 by i_noriyuki
SDIM7025, a photo by i_noriyuki on Flickr.

昨日、30度になんなんとする陽気に誘われて、町歩きに出かけました。もちろん、カメラ同伴で。この写真は、60年代に作られた古いドイツ製のレンズで撮りました。あとで気がついたけど、スイレンの周りに線虫か何かのようなものがこびりついています。何だろね?

さて、気になっている件を一つ。

みんなで、すき焼きを食べました。

という文には、「が」を入れることができません。「すき焼きを食べた」主体は?、と聞かれると、事実としては「みんなが食べた」ということになりますが、これを、次のようにすると全く違う意味の文になります。

みんなが、すき焼きを食べた。

同様に、次の各文も意味が違い、置き換えはできません。

みんなと、すき焼きを食べた。
みんな、すき焼きを食べた。

これを要するに、日本語の文では、主格を表示する形式が「が」に限られないばかりでなく、それぞれの形式に伴う情報が異なっていること、そして主格についていえば、それを明示することにこだわらない文があること、あるいは主格の表示が不要である文があることなどがわかると思います。そう考えると、「が」が主格表示の働きを持つ格助詞である、という考え方に問題があるのではないか、という疑いが生じます。どう思います?

2013年6月18日火曜日

フランス同性婚法成立万歳

SDIM9768 by i_noriyuki
SDIM9768, a photo by i_noriyuki on Flickr.
先月、フランスで同性婚法が成立しました。喜ばしいことです。当日、教会で結婚式を挙げたカップルには心から祝福を送りたいと思います。
さて、本日朝日新聞に、中村江里子「パリからあなたへ」という連載記事に、このカップルの結婚を呪うような記事が掲載されました。サイトのアドレスはこれです。http://www.asahi.com/and_M/living/TKY201306170159.html?ref=comtop_list
 いずれこの記事は読めなくなることと思いますので、私が問題だと思う箇所を引用します。この女性はフランスに住んでいるようですが、人生初めてのデモとして、同性婚反対のデモに参加した時の感想として、次のように書きました。「家族連れが多く、切実な思いが伝わってきました。それは私にとっても同じこと……。(一部略)。フランスは同性愛者に関して寛容な国だと思います。でも……子どもにとって両親がパパ二人とかママ二人というのは、あるべき姿ではないと多くの人が思っています。」
 率直に言って、この人にとって、同性婚が切実な問題であるとは到底考えられません。自分は同性愛者ではない、家族がいる、結婚をしている、そういう人が、長い抑圧と差別のくびきをといて、やっと結婚を祝福される立場に立った人間の前に立ちはだかって、「結婚を許さない」と叫ぶのです。これは、偏見に基づいた憎悪の表明であり、最も恥ずべき行為です。
 さらに、もう一点、いろいろな事情で、子供の両親がそろわないなかで、子育てに励んでいる人々はたくさんいます。私の姉もそうでしたし、いとこも子供の父親を明らかにしていません。そういう家庭に対して、幸せに生きる道をともに分かち合うのではなく、「あるべき姿ではない」などと暴言を投げつける野蛮さは決して許せません。このような発言を掲載した朝日新聞は、偏見を扇動したものとして断罪されるべきものと思います。
 写真は、イギリスの港町ドーバーから崖伝いにハイキングをしたときの写真です。写っているのは私の連れ合いです。

追加:朝日新聞に、抗議のメールを書き送ったところ、本日次のような返事がきました。誠実な対応に、感謝します。

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日頃より朝日新聞デジタルをご利用いただき誠にありがとうございます。 
朝日新聞デジタルお客様オフィスの○○です。 

この度は、朝日新聞デジタルの収載記事につきまして、ご不快な思いを
させてしまい誠に申し訳ございませんでした。

■中村江里子 パリからあなたへ  <フランスは“デモ”と“ストライキ”の国>
 http://www.asahi.com/and_M/living/TKY201306170159.html

上記の記事では、同性愛に対する偏見を助長するような表現が
ございましたことを深くお詫び申し上げます。

なお、筆者の中村江里子氏、ならびに朝日新聞デジタル「&M編集部」より、
現在お詫びことばを掲載しております。ご確認いただけましたら幸いです。

■中村江里子 パリからあなたへ記事 <パリの美しい本屋さん>
 http://www.asahi.com/and_M/living/TKY201307100275.html

今後は十分に注意をはらって参ります。 
引き続き朝日新聞デジタルをどうぞよろしくお願いいたします。

追加の注:
書くまでもない、と思いはしたのですが念のために付け加えると、この中村江里子さんが後で書き加えたのは、そんなつもりではなかった、という、日本人がよくするいつもの言い訳です。自分が同性愛者に対して差別や迫害をしているという自覚はありません。誠実な対応、というのは、朝日の編集者が差別を認めた、という点に限ります。

2013年6月10日月曜日

名前にひかれて

Zorbas Bar, Mykonos Town by i_noriyuki
Zorbas Bar, Mykonos Town, a photo by i_noriyuki on Flickr.
この写真を撮りました。ミコノスの港にある何ということもない、入り江の隅にたつバーで、立地はいいはずだのに、見ている限りあまり繁盛しているように思えません。さて、その映画、子供の頃の思い出で、たぶん日曜名画劇場か何かで見たものと思いますが、どういう内容だったか覚えていません。「その男」という邦題から浮かんでくるのはひげ面の、しかしちょっと人を引きつけるところがある男の顔。悲しい習性で、ロンドンに帰り着いてからインターネットで検索、ギリシャ人役をしていたのはアンソニー・クインだったんですね。原題は「S」抜きの「ZORBA」。ついでにYouTubeで聞いてみたテーマ音楽が何とはなしに懐かしい。これは、やはりかつて見たことがあるに違いない、と1人自悦に浸りました。
実は、この写真を撮った日は、運悪く借りていたバイクが誰かによって駐車場の奥に移動され、使用不能、2時間の辛抱の末、道を塞いでいる車が消えるのを待ちきれずに、行き先を調べずにバスに飛び乗り、行く予定の無かった浜辺に着きました。その帰り道、ま、いっぱい引っかけて、と立ち寄ったバーはアメリカ訛りの英語を話すギリシャ人ご一行の同窓会らしき人たちが席を占め、耳を塞ぎたくなるくらいうるさい。さらに騒音とも思える音楽が掛かると、つと、中の1人が立ち上がり、女性の手を取って踊り始めました。ギリシャの踊りは、二人が手をつないで横に並び立ち何ということもないステップを踏む、あれです。映画のラストシーンと重なり、騒音もそれほど苦でなくなった、ということで一件落着。

2013年4月23日火曜日

土筆(つくし)の親戚

Horsetail by i_noriyuki
Horsetail, a photo by i_noriyuki on Flickr.
形は土筆(つくし)そのもの、味もにおいもほぼ同じ、でも近縁種だろうと思います。日本のものと比べてはるかに大柄です。
先週の日曜日、テームズを下って(本当は電車に乗って45分)Leigh on Seaという町に行ってきました。河口が三角州になって湿地帯と土手がなだらかに続いてるところ、一見すると、平和な田園地帯という感じですが、もちろんイギリスに田園はありません。湿地は耕作せずに(塩分が多くてできないか)自然公園になっています。川の対岸は火力発電所らしきものや化学工場の煙突が見えました。さらに南に下ると原子力発電所。ここら辺りの海岸は800年くらい前の城跡、そして60年前のコンクリートの塹壕址、どちらもフランスやドイツなどの隣人との仲の良さを示しているとのこと。さて、ここらで、何人亡くなったのやら。
土筆の化け物は卵とじになる予定、こちらではスギナ本体が民間療法に使われているようで、通風にも効くとか何とか、ネット情報がありました。ちょっと心配な発ガン性は書いてなかったから大丈夫かと思います。

2013年1月15日火曜日

ボヘミアン?

Musicians, Valle Gran Rey by i_noriyuki
Musicians, Valle Gran Rey, a photo by i_noriyuki on Flickr.
これも去年の12月、ゴメラ島の浜辺で見た光景です。この写真を撮った翌々日、同じ場所で座っていると、メンバーの1人がカンパを集めに来ました。この島の人口の2割はドイツ人、とのこと、風貌からも言葉遣いからもたぶんこの人たちもドイツ人でしょう。ドラムとフルート、それから何かの弦楽器で組んだ単調さが心よい演奏、毎夕、この浜で気が向いたものが集まるような緩い結びつきの人たちのようで、顔ぶれは日々少しづつ変わるようでした。周りを取り囲んでるのも、もちろん、ほぼドイツ人です。
 それで、このボヘミアンという言葉。岩波国語辞典には「世間の習慣など無視して放浪的な生活をする人。Bohemian(=ボヘミアの住民。放浪生活をするジプシーに対する称)」とあり、また明鏡には「社会の規範に縛られないで、自由奔放に放浪的な生活をする人。◇もと、ボヘミアの人の意。」とほぼコピーしたかのような定義があります。ドイツ人をボヘミア人と呼ぶのは当たりませんし、「社会規範にしばられないで」というのも本人たちに聞いたわけじゃないからどうか分かりませんが、生まれ故郷を抜け出して、よその地で定職に就かないで暮らしているという点で、「自由奔放」とか「放浪生活」という定義に少し引っかかる感じがします。正直に言うと、こういう暮らしがうらやましい。交通の便の良くないこの島に住み着くのはなぜかドイツ人、イギリス人でもイタリア人でも、まして日本人でもありません。ボヘミアの血が少し混じってるんでしょうか。


追加の注:前のポストでドイツ人は島の半分と書き、ここで人口の2割と書いたのは一貫性がない、と非難したくなると思いますが、人口の2割とは在住者のうち、ということ、観光客の過半はドイツ人ですから合計して半数を超えるというのが、自分の印象です。

なお、岩波の「世間の習慣など無視して」のほうが、語のイメージとしてしっくり聞こえる気がしませんか。「ボヘミアン」などという人たちは見たことがないし、たぶん、本当には存在しない、ということは横に置いといて。